活動記録

summaryTitle

 

目次
  1. 研究目的
  2. 研究の学術的背景
  3. 研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか

 

1.研究目的


 本研究は,共創的な身体表現活動において自己と他者との身心がさまざまなレベルで同調する「共振」に着目し,「手合わせ表現」という具体的な手法を用いて,第一に,共振創出を促す身体表現の活動モデル開発を試みる.これと連動して,共振創出のダイナミクスの検討と共振創出能の計測手法の開発,共振創出の経験による心理・社会的変容の調査手法の開発を目指す.具体的には,東日本大震災の被災地域(宮城県石巻市,東松島市)での年間10回程度の「手合わせ表現」を主活動とする創造的な身体表現のワークショップを継続的に実施し,参加者の身体表現の変容を質的に検討しながら活動モデルを修正し深化させる.あわせて,計測および調査手法開発のための現場での試行錯誤と計測を実施する.最終段階では,収集したデータの定量的分析によって,個々人の共振創出能と心理・社会的変容との連関の動態的なメカニズムにアプローチし,その結果をもとに「身体的共創から社会的共創へ」という視点から,開発した身体表現活動モデルの評価を行う.

目次へ

 

2.研究の学術的背景


(1)身体的共創の視点にたつ実践研究
 研究代表者(以下,西)は,幼稚園や小学校,特別支援学校等でのダンスの授業実践(1988-現在)や精神科入院病棟での統合失調症患者へのダンス療法(1995-2006),地域社会での年齢や性別,障害の有無を超えたインクルーシブな身体表現活動(1997-現在),国立民族学博物館での共創的身体表現活動(2008-2012)など,幼児から高齢者まで,障害児・者も含めた多様な人々と,さまざまな現場での実践とその方法の開発および活動者の身体的,心理・社会的変化に関する研究を継続している.本研究は,創造的な身体表現での「わたし」という個の表現創出のみならず,「私たち」という個と個,さらに個と創り合う表現による「表現の場」といった,いわば関係性を軸とした身体的共創の視点にたつ新しい実践研究である.


(2)共創的な身体表現と共振
 西はこれまでの実践研究を通して,身体での出会いとつながりから「私たち」の表現が創出する際には,自己と他者との身心がさまざまなレベルで同調する「身体の共振」の発現が大きな鍵となることを質的検討により明らかにした.この身体的同調は市川浩が『身の構造』(1984)で論じており,竹内敏晴は,身体相互の独自な状況を「共生態」と名付け(竹内2009),精神科医の木村敏は,「あいだ」の概念を駆使して音楽での合奏を例に,自己と創られる表現との相互自律的な共創関係に言及している(木村2008).しかしながら,これらの言説はいずれも現象論的考察にとどまるものであり,そのダイナミクスは十分には明らかにされておらず,したがって科学的根拠を伴う身体的共創の教育構想や具体的実践は極めて乏しい現状にある.


(3)共振と手合わせ表現
 創造的な身体表現活動において共振の発現可能性が高く,かつ,さまざまな活動者が容易に行えるシンプルな表現活動として,西は「手合わせ表現」を提唱し実践の中核に据えてきた.「手合わせ表現」とは,他者と手を合わせ,身心の能動と受動を交錯させながら即興的に表現を創り合う行為である.人の手は,身体部位の中でも外部世界と親密に関わる豊かな機能を有し,かつ「手心」といった言葉が示すように心がにじみ出る部位でもある.西は,身体表現における共振の発現プロセスの研究に際し,この「手合わせ表現」を題材に250名を対象とする主観調査を実施し,身心が共振へと向かう際には一定の段階が漸次的に移行することを研究分担者である野口(医療経済学・統計学)との共同研究から見出した(西2003,西・野口2004,2005).さらに近年では,研究分担者である三輪(工学)と共同で共振の発現のダイナミクスを工学的手法で検討する基礎研究に着手し,一軸での計測装置を開発して,手の力と身体各部の位置計測を進め,手合わせ表現で創出される手の動きのカオス性や身体全体の動きが手のひらの動きに対して時間的に先行するという身体の二重性の問題を発見し,その成果と課題を学会等で継続的に発表している.


(4)被災地域での「手合わせ表現」のパイロットスタディ
 西と三輪は,宮城県の教育・医療関係者との協働を得て,2012年4月より月に1回の割合で石巻市や東松島市等の被災地域の幼児・児童とその家族,児童デイ・サービスに通う障害児,高齢者支援を行う作業療法士等の医療関係者,ボランティアとして支援を続けている支援者等を対象に,「手合わせ表現」を主活動とする小規模な身体表現ワークショップをパイロットスタディとして継続してきた.こうした実践研究から,特に言語表現が未成熟な幼児や児童,障害児・者は,保護者が生活再建に向かう環境下で,被災経験により抱え込んだ感情や日常の情動を自然なかたちで外へと表現する機会が極端に制限される状況にあることを捉えることができた.この傾向は,生活上の困難を抱える人々に携わる医療関係者やボランティア等の支援者にも顕著であり,ワークショップでの「手合わせ表現」で身心が開放され,他者と表現を創り合う原初的な経験を得ることで「本来の自分を表現し他者から受容されて楽になった」「あせっている自分がからだに表れていることに気づいた」「みんなで新しい表現を創ればよいのだと思った」等,共創的な身体表現の経験が,自己の在り方への気づきを促し,地域に生きる多様な他者と未来を共に創り合うという根源的な感覚を身体に呼び覚ます可能性が強く示唆された.

目次へ

 

3.本研究の学術的な特色と意義


 絆やつながりが殊更に強調される社会的状況下において,生命の存在基盤である身体を介して他者との生き生きとした出会いやつながりを実感し,未来に向かって新たな表現をともに創り合う身体的共創の感覚を覚醒させる必要性とその意義は極めて大きい.本研究は,西の長期にわたる共創的な身体表現での実践経験を基盤に,「手合わせ表現」という具体的手法を用いて「身体での共振」という個と個との関係性から生成する,我々の身体に固有の事象への学術的接近を試みる点で独創性を有している.その際,工学による共振発現のダイナミクス研究と医療経済学の定量的分析を統合し,個の身体に生成する共振感覚が個人の心理・社会的変容にはたらきかけ,広く社会的共創へとつながり得るかどうか,「身体的共創から社会的共創へ」の可能性を検討する学際研究である点に極めて大きな学術的特色がある.得られた成果は,今後の被災地復興への身体教育学領域の貢献の一助となり得るとともに,現代社会での身体性の問題,特に他者や社会との豊かな関係性を築くための身体の在り方に関する基礎的知見として,また,開発した活動モデルは,被災地域での実証を経た,現代社会に有用な教育的方法論として意義をもつと考える.

目次へ